これは数年前、俺が測量のバイトをしていた頃の話。
当時、大学4年だった俺は、先輩の紹介でダム建設予定地の事前調査のバイトに入った。 場所は北関東の某所。地図にも載っていないような林道をジープで進み、そこからさらに徒歩で山に入るようなド田舎だ。
調査チームは俺を含めて4人。 リーダーのAさん(40代・ベテラン)、社員のBさん、俺、そしてもう一人のバイトのC(同い年)。
予定では、山中にあるK村という小さな集落の公民館に泊まり込み、3日で周辺の測量を終えるはずだった。 この村が、全ての元凶だった。
村に到着したのは夕方だった。 廃村寸前と聞いていたが、意外にも村には活気があった。 畑仕事をする老人たち、道端で遊ぶ子供(といっても小学生くらいが数人)、そして何より、すれ違う村人全員が、やけに愛想が良い。
「よう来たなぁ! 遠いとこご苦労さん!」 「水ならそこの井戸使いな! 冷えててうまいぞ!」
都会から来た余所者を警戒するのが普通だと思っていた俺たちは、拍子抜けしつつも安堵した。 ただ、Aさんだけは少し眉をひそめていた。
「……変だな」 「何がですか?」と俺が聞くと、 「いや、この辺の集落は排他的だと聞いてたんだがな。それに、若者が多すぎる」
言われてみれば、過疎の村にしては20代〜30代くらいの男女が目立つ。 それも、野良着ではなく、妙に小綺麗な格好をした若者たちが、老人たちに混じってニコニコと笑っているのだ。
その違和感は、夜の宴会で決定的なものになった。
村長(80過ぎの爺さん)が、公民館で歓迎会を開いてくれたのだが、出された料理が奇妙だった。 皿に盛られているのは、泥のような色をした煮込み料理と、真っ白な寒天のような塊だけ。 肉も魚も野菜も見当たらない。
「これは『クヒ』という、この村のご馳走じゃ。さあ食べてくれ」
村長に勧められ、俺たちは恐る恐るその煮込みを口にした。 ……美味い。
見た目に反して、濃厚な肉の旨味と、ハーブのような香りが広がる。 BさんとCは「うまっ! これ何肉ですか?」とバクバク食べていたが、俺は途中で箸が止まった。
煮込みの中に、「爪」のようなものが入っていたからだ。 それも、動物の爪じゃない。マニキュアが塗られた、人間の小指の爪に見えた。
(見間違いか……?)
俺が青ざめていると、隣に座っていた若い村の女性(20代後半くらいの美人)が、俺の器を覗き込んで、とんでもないことを言った。
「あら、『アタリ』だわ。お兄さん、運がいいわねぇ。次はあなたが『親』になれるかも」
その笑顔が、能面のように張り付いていて、目が全く笑っていなかった。
その夜、俺たちは公民館の大広間で雑魚寝をした。 酒が入っていたBさんとCはすぐにイビキをかき始めたが、俺はあの「爪」と女性の言葉が気になって眠れなかった。 Aさんも起きているようで、布団の中で寝返りを打つ音が聞こえる。
深夜1時頃だろうか。 外から、妙な音が聞こえてきた。
……ペッタン、ペッタン、ペッタン……
餅つきのような音だ。 こんな時間に? 好奇心よりも「確かめなきゃいけない」という嫌な予感が勝り、俺はそっと布団を抜け出した。 Aさんも無言で起き上がり、手招きをしてくる。二人で窓の隙間から、公民館の裏庭を覗いた。
裏庭では、村人たちが焚き火を囲んでいた。 昼間見た老人たち、そしてあの若者たち。全員揃っている。 彼らの中心には、大きな臼のようなものが置かれていた。
そして、その臼の中に、「人間」が入っていた。
いや、人間だったモノ、と言うべきか。 服を着ていない、真っ白な肌の人間が、胎児のように丸まって臼の中に入っている。 村の男たちが、杵のような巨大な棒で、それを突いていた。
ペッタン(グシャッ)……ペッタン(グニュッ)……
突くたびに、臼の中身が潰れ、混ざり合い、形を失っていく。 悲鳴は聞こえない。すでに死んでいるのか、あるいは……。
「……おい、あれ」
Aさんの震える指先を見て、俺は口元を押さえた。 臼の周りに並んでいる「若者たち」。 彼らが、順番に服を脱ぎ始めたのだ。
脱いだ体の皮膚は、継ぎ接ぎだらけだった。 色が違う皮膚、大きさの違う手足、そして何より、性別すら混ざっているように見えた。 右半身は筋肉質な男なのに、左半身は女性のような曲線を描いている者もいる。
彼らは、臼の中でドロドロになった「肉」を素手ですくい上げると、自分の体に塗りたくり始めた。 いや、塗っているんじゃない。 肉を、自分の体に「足して」いるんだ。
「あぁ、いい『クヒ』だ……馴染む、馴染むぞ」 「婆ちゃん、足が悪かったろ? 若いのを少しもらいな」 「オラは目が欲しい。もっとよく見える目を」
彼らは、粘土細工のように自分たちの肉体を捏ね回し、他人の肉を混ぜ込み、若返らせ、形を整えていく。 昼間見た「小綺麗な若者たち」は、こうやって村の老人たちが他人の肉を纏って作った、継ぎ接ぎの化け物だったんだ。
そして、臼の中で潰されている「材料」。 その顔が一瞬、焚き火に照らされた。
見覚えがあった。 来る時に寄ったガソリンスタンドで、行方不明者のポスターに載っていた大学生の顔だ。
「……逃げるぞ」
Aさんが俺の耳元で囁いた。 顔面蒼白で、汗びっしょりだった。
俺たちはBさんとCを叩き起こし、事情を説明する間もなく、とにかく「ヤバいから逃げる」とだけ伝えてジープに飛び乗った。 幸い、村人たちは儀式に夢中で、公民館の前は無人だった。
Aさんがキーを回し、エンジンがかかった瞬間。
「……オヤ?」
裏庭の方から、野太い声が聞こえた。 そして、その直後、村中の空気が一変した。 楽しげな祭りの気配が消え、どす黒い殺意のようなものが膨れ上がる。
「逃げたぞぉ!!!!!!」
誰かの叫び声を合図に、村人たちがワラワラと湧き出てきた。 その動きは、人間のそれじゃなかった。 手足の関節を無視した動き、四つん這い、あるいは、継ぎ足した足が長すぎて竹馬のように走ってくる者。
「出すぞ! 掴まれ!」
Aさんがアクセルを踏み込む。 ジープは急発進し、林道へ向かった。 バックミラーを見ると、村人たちが追いかけてくる。 車より速い奴もいる。
「ひぃぃ! なんですかアレ!!」
Cが泣き叫ぶ。 窓の外、並走してくる「若者」がいた。 顔は整っているが、首から下が捻じれている。 そいつは窓ガラスをバンバンと叩きながら、満面の笑みで叫んだ。
「置いてけ! その身体を置いてけ! 若くていい肉だ! 俺にくれ! 俺に!」
「うわあああ!」
Bさんが工具箱からハンマーを取り出し、窓越しにそいつの顔を殴りつけた。 グシャッという嫌な音がして、そいつは転がり落ちていったが、血ではなくあの泥のような煮込みと同じ色の液体が飛び散った。
なんとか林道を抜け、国道に出た頃には、夜が明け始めていた。 村人たちの追跡は、村の境界線(古い鳥居があった場所)を出た瞬間にピタリと止んだ。 彼らは鳥居の向こう側に立ち並び、全員でこちらに向かって手を振っていた。
その後、俺たちは警察に駆け込んだ。 しかし、警察が村へ向かった時には、そこは完全なもぬけの殻だったらしい。 村人は一人もおらず、公民館も、家々も、ずっと前から無人だったかのように荒れ果てていたという。 あの臼も、煮込みの残りも、何もかも消えていた。
ただ、一つだけ残っていたものがある。 公民館の裏手に、大量の衣服や免許証、バッグなどが埋められていたそうだ。 その中には、数十年前の行方不明者のものも含まれていたという。
あれから数年が経つ。 一緒に逃げた4人は、あの時のことを一切口にしないという暗黙の了解のもと、連絡を絶った。
ただ、最近になって風の噂で聞いた話がある。 あの時、一番「煮込み」を食べていたBさんとC。 彼らが最近、原因不明の皮膚病に悩まされているらしい。 皮膚がボロボロと崩れ落ち、その下から別の誰かの皮膚のようなものが浮き出てくる奇病だとか。
そして俺も、昨日の夜、爪を切っている時に気づいてしまった。 左手の小指の爪。 生まれつき形が悪かったはずの爪が、いつの間にか、綺麗なピンク色の、形の良い爪に変わっていることに。
あの煮込みを食べた時、俺の体の中で、何かが「継ぎ足され」てしまったのかもしれない。 鏡を見るのが怖い。 今の俺の顔は、本当に俺自身の顔なのだろうか。