リゾートバイト(4ページ目) 知ってる人がいなくなって一気に心細くなった俺達は、3人で寄り添うように歩いた。 石段を上り終わる頃、大きな寺が見えてきた。 鳥居をくぐる前に坊さんがBに聞いた。 B「二本足で立っています。ずっとこっちを見ながら、付いてきてます」 坊「そうか、もう立ちましたか。よっぽどBくんに見つけてもらえたのが嬉しかったんですね。 そして石段を上り終えると、さっきの寺とは比べ物にならない位小さな小屋がそこにあり、坊さんはその小屋の裏へ回ると、俺達を呼んだ。 俺達も裏へ回ると坊さんは、ここに一晩入り、憑きモノを祓うのだと言った。 坊「もちろん、携帯電話も駄目です。明りを発するものは全て。食ったり寝たりすることもなりません」 どうしても用を足したくなった場合はこの袋を使用するようにと、変な布の袋を渡された。 (布って・・) だが坊さん曰く、中から液体が漏れないようになっているらしい。 その後俺達に、竹の筒みたいなものに入った水を一口ずつ飲ませ、自分も口に含むと俺達に吹きかけてきた。 俺達は順番に入ろうとしたんだが、Bが入る瞬間、口元を押さえて外に飛び出して吐いたんだ。 坊「あなたたち、堂に行ったのは今日ではないですよね?」 俺「え?昨日ですけど」 坊「おかしい、一時的ではあるが身を清めたはずなのに、おんどうに入れないとは」 言ってる意味がよく分からなかった。 すると坊さんはBのヒップバッグに目をつけ、 俺は特に思い浮かばず、だがAが言ったんだ。 当たり前すぎて忘れてた。 俺「あ、あと巾着袋も」 A「おにぎりも。もらい物に入るなら」 給料を貰った時に女将さんにもらった小さな袋を思い出した。 坊さんはそれを聞くと、Bに話しかけた。 B「おにぎりはデカイ鞄の方に入れてありますけど、給料と袋は、今持ってます」 Bはそう言ってバッグからその二つを取り出した。 坊さんは、まず巾着袋を開けた。 すると一言、「これは・・」と言って俺達に見えるように袋の口を広げた。 中を覗き込んで俺達は息を呑んだ。 そこには、大量の爪の欠片が詰まっていたんだ。 Bは、その場ですぐまた吐いた。 坊さんは、Bの持ち物を全て預かると言い、俺達2人も持ち物を全て出すように言った。 俺は、携帯と財布を坊さんに手渡し、旅行鞄の方に入っている巾着袋を処分してもらえるよう頼んだ。 坊さんは頷き、再度Bに竹筒の水を飲ませ、吹きかけた。 そして俺達3人がおんどうの中に入ると、 坊「そして、壁の向こうのものと会話をしてはなりません。このおんどうの中でも言葉を発してはなりません。居場所を教えてはなりません。」 坊「これらをくれぐれもお守りいただけますよう、お願いします」 そう言って俺達の顔を見渡した。 坊さんは俺達の様子を確認すると、扉を閉め、そのまま何も言わず行ってしまった。 おんどうの中はひんやりしていた。 建物自体はかなり古く、壁には所々に隙間があった。といっても結構小さいものだけど。 まだ昼時ということもあり、外の光がその隙間から入り、AとBの顔もしっかり確認できた。 「大丈夫だ」という意味を込めて俺が頷くと、AもBも頷き返してくれた。 しばらくすると、顔を見合わせる回数も少なくなり、終いにはお互い別々の方向を向いていた。 喋りたくても喋れないもどかしさの中、後どれくらいの時間が残っているのか見当も付かない俺達は、ただただ呆然とその場にいることしかできなかったんだ。 途方もない時間が過ぎていると感じているのに、まだ外は明るかった。 するとAがゴソゴソと音を立て出した。 こいつは、坊さんの言うことを聞かずに密かにペンを隠し持っていたのだ。 (こいつ何やってんだよ・・) Aはまず自分で紙に文字を書き、俺に渡してきた。 ”みんな大丈夫か?” 俺はAからペンを受け取り、なるべく小さく、スペースを空けるようにして書き込んだ。 ”俺は今のところ大丈夫、Bは?” そしてBに紙とペンを一緒に手渡した。 ”俺も今は平気。何も見えないし聞こえない。” そしてAに紙とペンが戻った。 こんな感じで、俺達の筆談が始まったんだ。 A”ガム残り4枚。外紙と銀紙で8枚。小さく文字書こう” 俺”OK。夜になったらできなくなるから今のうちに喋る” B”わかった” A”今何時くらい?” 俺”わからん” B”5時くらい?” A”ここ来たの1時くらいだった” 俺”なら4時くらいか” B”まだ3時間か” A”長いな” こんな感じで他愛もない話をして1枚目が終わった。 するとAが書いてきた。 A”○○文字でかい” 俺は謝る仕草を見せた。 するとAは俺にペンを渡してきたので、 俺”腹減った” と書き込みBに渡した。 そしてBが何も書かずにAに紙を渡した。 するとAは A”俺も” と書いて俺に渡してきた。 あれだけ心細かったのに、いざ話すとなるとみんな何も出てこなかった。 俺は、日が沈む前に言っておかなければならないことを書いた。 俺”何があっても、最後までがんばろうな” B”うん” A”俺、叫んだらどうしよう” 俺”なにか口に突っ込んどけ” B”突っ込むものなんてないよ” A”服脱いでおくか” 俺”てか、何も起きない、そう信じよう” Bは俺の書いた言葉にはノーコメントだった。 俺も書いたあと、自分で何を言ってるんだろうと思った。 坊さんは、何も起きないとは一言も言っていなかった。 そう考えると俺達は、一刻も早く時間が過ぎてくれることを願っている一方で、本当の本当は、夜を迎えるのがすごく怖かったんだ。 夜だけじゃない、あの時ああしてる時間も、本当は怖くてしょうがなかった。 俺の一言で空気が一気に重くなった。 俺はこの空気をどうにかしようと、Bの持っていた紙とペンをもらい、 俺”何か喋れ時間もったいない” と書いてAに渡した。他人任せもいいとこ。 A”じゃあ、帰ったら何するか” 俺”いいね。俺はまずツタヤだな” B”なんでツタヤ?” 俺”DVD返すの忘れてた” A”どんだけ延泊!?” まあ嘘だった。どうにかして気を紛らわせたかったからなんでもいいやって適当に書いた。 少しずつだが、ゆっくりと俺達は静かな時間を過ごした。 B”俺は坊さんに言われたことを必ず守る。死にたくない” 俺もAも、最後の言葉を見つめてた。 死ぬなんて考えていなかったからだ。 それを、今目の前で心の底から言うヤツがいる。 俺はBの目をしっかりと見つめ、頷いた。 その後は特に何も話さなかったが、不思議と孤独感はなかった。 お互いの存在を感じながら、俺達は日が暮れるのを感じていた。 何もせずにいると蝉の鳴き声がうるさくて、でも徐々に耳が慣れて気にならなくなった。 さらに耳を凝らすと、段々その音がクリアに聞こえるようになった。 俺は考えるより先に確信した。 Bを見た。薄暗くて分かりづらかったが、Bに気づいている気配はなかった。 Bには聞こえないのか? 頭の中で色々な考えが浮かんだ。 この状況の中で、神経が過敏にならないはずがなかった。俺の異変にすぐ気づいたんだ。 すると、Bの視線が一点に止まった。俺の肩越しをまっすぐ見つめていた。 AもBの様子に気が付き、Bの見ている方を見ていたが何も見つけられないようだった。 それでも、あの呼吸音だけは耳に入ってくる。 しばらく硬直状態が続くと、今度は俺達のいるおんどうの周りを、ズリズリとなにか引きずるような音が聞こえ始めたんだ。 Aはこの音が聞こえたらしく、急に俺の腕を掴んできた。 その音は、おんどうの周りをぐるぐると回り、次第に呼吸音が「きゅっ・・・・きゅえっ・・」っていう何か得体の知れない音を挟むようになった。 Aの腕から心臓の音が伝わってくるのを感じた。 俺は恐怖から逃れるために、耳を塞いで目を瞑っていた。 どれくらい時間が経ったかわからない。ほんの数分だったかも知れないし、そうでないかも知れない。 そしてさっきまでのあの音は、消えていた。 恐怖の波が去ったのか、それともまだ周りにいるのか、判断がつかず動けなかった。 そして目の前に広がる深い闇が、また別の恐怖を連れて来たんだ。 目を凝らすが何も見えない。 ただAはずっと俺の腕を握ってたので、そこにいるのが分かった。 俺はこの時猛烈にBが心配になった。 暗がりの中で、Bを必死に探すが見えない。 俺は、Aに掴まれた腕を自分の左手に持ち直し、Aを連れてBのいた方へソロソロと歩き出した。 暗すぎて意思の疎通ができないんだ。 どこにいるか全くわからないので、左手にAの腕を持ったまま、右手を手前に伸ばして左右にゆっくり振りながら進んだ。 手に触れたそれは、手触りから壁だということがわかった。 おかしい、Bのいた方角に歩いてきたのにBがいない。 俺は焦った。さらに壁を折り返してゆっくりと進んだ。だがまた壁に行き着いた。 途方に暮れて泣きそうになった。 「Bどこだ」の一言を何度も飲み込んだ。 どうしていいかわからなくなり、その場に立ち尽くしたままAの腕を強く握った。 まず、Aは壁際まで行くと、掴んだ俺の腕を壁に触らせた。 Bを見つけたと思った。 俺は暗闇のせいで、完全に疑心暗鬼に陥っていた。 俺が無言でいると、Aはまた俺の腕を掴み、ソロソロと歩き出した。 俺はゆっくりとついていった。 不思議に思っていると、部屋にある隙間から少しだけ月の明かりが入ってきているのが目に入った。 何故気づかなかったのか、今思っても不思議なんだ。 とにかく、その時俺はその光を見て心の底から救われた気持ちになった。 後から聞いたんだが、 光の下に来ると、Aの反対側の手にBの腕が握られているのが見えた。 夜は昼と違って、すごく静かで、遠くで鈴虫が鳴いていた。 俺達はしばらくそこでじっとしていた。 そして何より、例え僅かな光でも、相手の姿がそこに確認できるだけで別次元のように感じられたんだ。 しばらくそうしていると、とうとう予想していたことが起きた。 Aが催したのだ。 静寂の中、Aの出す音が響き渡る。 その瞬間だった。
旦那さんは家を出るまで一緒だったが、おっさんたちと何やら話をした後、坊さんに頭を下げて行ってしまった。
特にBは、目を左右に動かしながら背中を丸めて歩いていて、明らかに憔悴しきっていた。
だから俺達はできる限り、Bを真ん中にして二人で守るように歩いた。
だが坊さんはそこには向かわず、俺達を連れて寺を右に回り奥へと進んだ。
そこにはもう一つ鳥居があり、更に石段が続いていた。
坊「Bくん、今はどんな感じですか?」
ではもう時間がない。急がなくてはなりませんね」
そして、中には明りが一切ないこと、夜が明けるまでは言葉を発っしてはならないことを伝えてきた。
俺は目を疑った。
信じ難かったが、そこに食いついてもしょうがないので大人しくしといた。
そして小さな小屋の中に入るように言った。
突然のことで驚いた俺達だったが、坊さんが慌てた様子で聞いてきた。
坊「こちらに滞在する間、誰かから何かを受け取りましたか?」
と聞いてきた。
A「今日給料もらいましたけど」
そういえば給料も貰いものだなって妙に感心したりして。
そして美咲ちゃんには朝、おにぎりを作って貰ったんだった。
坊「Bくん、それのどれか一つを今、持っていますか?」
俺の足に張り付いていたものと一緒だった。見覚えのある、赤と黒ずんだものだった。
俺もそれに釣られて吐いた。
周辺が汚物の匂いでいっぱいになり、坊さんも顔を歪めていた。
坊「この扉を開けてはなりません。皆、本堂のほうにおります。明日の朝まで、誰もここに来ることはありません。」
俺達は頷くしかなかった。
この時既に言葉を発してはならない気がして、怖くて何も言えなかったんだ。
実際ここで飲まず食わずでやっていけるのかと不安だったが、これなら一晩くらいは持ちそうだと思った。
顔を見合わせても何も喋ることができないという状況は、生まれて初めてだった。
何をしているのかと思い、あまり大きな音を出す前に止めさせようと思ってAの方に向き直ると、Aは手に持った紙とペンを俺達に見せた。
そして紙は、板ガムの包み紙だった。まあメモ用紙なんて持っているはずない俺達なので、きっとそれしか思い浮かばなかったんだろう。
一瞬そう思った俺だが、意思の疎通ができないこの状況で極限に心細くなっていた所為もあり、Aの取った行動に何も言う事が出来なかった。
むしろ、ひとつの光というか、上手く説明できないんだが、とにかくすごく安心したのを覚えてる。
むしろ、これから何が起こるのかを予想しているような口ぶりで俺達にいくつも忠告をしたんだ。
唯一の救いが、互いの存在を目視できるということだっただけで。
Aは一瞬困惑したが、少し考えて書き出し、俺に渡してきた。
結果、雰囲気はほんの少しだが和み、AもBもそれぞれ帰ったら何をするかを書いた。
そして残りの紙も少なくなった頃、Bはある言葉を紙に書いた。
俺は「死にたくない」なんて言葉、生まれてこの方本気で言ったことなんかない。
きっとAもそうだろう。
死を間近に感じたことがないからだ。
その事実がすごく衝撃的だった。
でも、なんか違和感なんだ。よく耳を凝らすとなにか他の音が聞こえるんだ。
あの呼吸音だって。
そういえばBって呼吸音について言ってたっけ?
もしかしてあれは聞いたことがないのか?
それとも単に気づいていないだけか?
すると硬直する俺の様子に気づいたBが、周りをキョロキョロと見回し始めた。
白目が一気にデカくなり、大きく見開いているのがわかった。
俺は怖くて振り返れなかった。
ソレがすぐそこにいることがわかった。動かず、ただそこで「ひゅーっひゅーっ」といっていた。
俺には音だけしか聞こえないが、ソレがゆっくりとおんどうの周りを徘徊していることは分かった。
Bを確認する余裕がなかったが、固まってたんだと思う。
全員微動だにしなかった。
頼むから消えてくれと、心の中でずっと願っていた。
目を開けて周りを見回すと、おんどうの中は真っ暗で、ほぼ何も見えない状態だった。
「いるか?」「大丈夫か?」の掛け声さえ出せない。
Bは明らかに何かを見ていた。
なるべく音を立てないように、そしてAを驚かせないように。
誰かがパニックになったら終わりだと思った。
すると指先が急に固いものに当たり、心臓がボンっと音を立てた。
すると、今度はAが俺の腕を掴み、ソロソロと歩き出したんだ。
そしてそのままゆっくりと壁沿いを移動し、角に着いたら進路を変えてまた壁沿いに歩く。
そうやっていくうちに、前を歩くAがぱたりと止まった。そして、俺の腕をぐいっと引っ張ると、何か暖かいものに触れさせた。
それは、小刻みに震える人の感触だった。
でもすぐ後に、(これは本当にBなのか?)という疑問が芽生えた。
よく考えたらAもそうだ。ずっと近くにいたが、実際俺の腕を掴んでいるのはAなのか?
すると、ほんの僅かだが、視界に光が見えるようになった。
Aはそこへ俺達を連れて行こうとしているのだと思った。
暗闇に目が慣れるというのを聞いたことがあったけど、恐怖に呑まれてそれどころじゃなかった。
ほんとに真っ暗だったんだ。
そしてAに感謝した。
A「俺は見えもしなかったし、聞こえもしなかった。なんか引きずってる音は聞こえたんだけどな。
でもそのおかげで、お前達よりは余裕があったのかも。」
と言っていた。
大した奴だって思った。
月明かりで見えたBの顔は、汗と涙でぐっしょり濡れていた。
何があったのか、何を見たのか、聞くまでもなかった。
恥ずかしながら、3人で互いに手を取り合う格好で座った。ちょうど円陣を組む感じで。
あの状態が一番安心できる形だったんだと思う。
生理現象だから絶対に避けられないと思っていた。
Aは自分のズボンのポケットから坊さんに貰った布の袋をゴソゴソと取り出すと、立ち上がって俺達から少し離れた。
なんか、まぬけな音に若干気が抜けて、俺もBも顔を見合わせてニヤっとした。