つきまとう女(3ページ目) 「なぁ、ジョン。お前にも家族が居るんだろ?」 711 :夜 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 22:59:02 ID:kOT+Y6Db0 713 :夜 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 22:59:43 ID:kOT+Y6Db0 それを聞くと、俺は黙って窓の外に広がるキレイな夜景を眺めた。 714 :夜 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:00:24 ID:kOT+Y6Db0 俺はこの先の不安で心を締め付けられていた。 思いふけっていた俺の耳に、窓の縁から何かが張り付くような音がした。 715 :夜 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:01:04 ID:kOT+Y6Db0 716 :夜 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:01:47 ID:kOT+Y6Db0 「非常にマズイです、お兄さん。 俺はジョンに怒鳴った。 724 :ホテル ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:48:58 ID:kOT+Y6Db0 725 :ホテル ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:49:38 ID:kOT+Y6Db0 726 :ホテル ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:50:19 ID:kOT+Y6Db0 728 :ホテル ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:51:00 ID:kOT+Y6Db0 729 :ホテル ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:51:40 ID:kOT+Y6Db0 730 :ホテル ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:52:21 ID:kOT+Y6Db0 俺はソファに座り、惚けていた。なんだか、とても疲れた。 気が付くと俺は、どこかのビルの屋上に立っていた。 731 :ホテル ◆lWKWoo9iYU:2009/06/17(水) 23:53:02 ID:kOT+Y6Db0
夜、俺とジョンはホテルの一室に居た。
「良い部屋でしょ?ここ、社長の従兄弟が経営するホテルなんですよ」
確かに良い部屋だった。地上20階に位置するこの部屋からは、キレイな夜景が見える。
「お兄さん、家族への連絡は済みました?」
「ああ。何て説明したらいいか分からなかったけど、なんとか納得して貰ったよ」
「事が済むまで申し訳ないですけど、お兄さんをここに監禁させてもらいます。
下手をすると、ご家族にも迷惑がかかりますので…」
俺の家族は、母と姉の二人。父は3年前の秋に、心筋梗塞で死んだ。
父が死んだ時、そばには誰も居なかった。気付いた時には、自宅で孤独死していた。
俺にとって良い父親だった。俺は生涯で最も本気で泣いた。
残された体の弱い母を、俺が守らなくてはいけないのに、今の俺はこの様だ。
本当に情けない。
俺の質問に、ジョンは少し困った顔をした。
「血の繋がった家族は居ません。俺、施設の出なんです。だから…」
「そうなのか。なんか悪いこと聞いちまったかな」
「いえ、俺には家族が居ます。社長や社員のみんなです。
俺は社長に拾われていなかったら、本当にろくでなしで人生を終えるところでした」
そう言うとジョンは優しく微笑んだ。
「あの女社長、ヒステリックで怖そうな人だったけど、お前の言ったとおり根は良い人なんだな」
「まあ、そうですね。普段はおっかないですけどね。あと…お兄さん」
「ん?」
「あの人、女じゃないですよ」
「え?」
「改造済みです」
暫く俺は夜景を眺めていた。こんなに落ち着いた環境は久しぶりだ。
ジョンはひたすら、ノートPCで計画書を作成していた。
「なあ、ジョン」
「なんですか?」
「俺のような人間は他にも居るのか?
こんな風に、訳も分からず取り憑かれてしまう人間が、俺の他にも…」
ジョンは静かに溜息をつく。
「多いですね。でも、お兄さんは運が良い部類に入ります。俺たちと出会いましたから。
多くの人は、何も出来ずにただ死ぬだけです。
最初にお兄さんが言ったように、自分がおかしいのだと思い込んで、大概の人は死にます」
ジョンはタバコに火を点け、煙を深く吸い込んだ。
「近年の自殺者数は、年間3万人以上になります。一日に100人は自殺しているのです。
死因不明や行方不明を含めると、もっと居るのかもしれません。
社長は言っていました。『日本人の守護霊が年々弱くなっている』と。
その為、本当に小さな悪霊にも、簡単に取り憑かれてしまう人間が増えた。
勿論、全部が全部悪霊の仕業とは言えませんが、『これは本当に悲しいことなのだ』。そう言っていました」
「守護霊…か。さっきも言ったが、俺は霊とかには疎い。守護霊ってのは、なんなんだ?」
ジョンはノートPCから手を放し、こちらに振り向いた。
「守護霊と悪霊…同じ霊という字で表現しますが、根本的には全く異なる存在です。
悪霊は、自分自身の感情と意志に依存し存在します。
逆に守護霊は、人間の温かい記憶に依存して存在します。
悪霊の強さは、自身の念の強さに左右され、
守護霊の強さは、人の温かい記憶よって左右されます」
「温かい記憶?それはなんだ?」
「優しさですね。人は誰かに守ってもらったり、助けてもらって、優しさを身につけます。
助け合いの精神です。その精神が、守護霊の力になるのです」
やっぱり俺にはよく分からない。ただ、ジョンが真剣なのは分かる。
「それって何かの宗教か?」
「いえ、社長の受け売りです。俺たちは宗教団体ではないです」
ジョンの言うとおり、日本人の守護霊とやらが全体的に弱くなっているなら、それは助け合いの精神の欠如が原因か…。
確かに悲しいことではある。
なら俺も、その助け合いの精神が無いが故に、こんなことになってしまったのか。
「お兄さんの守護霊は強いですよ」
「なに?」
「さっきも言いましたけど、お兄さんは本来、死んでいてもおかしくなかった。
それくらい強烈な奴に憑かれたんです。
でも、お兄さんは死んでいない。守護霊が守ってくれているんですよ」
「俺の守護霊って…?」
「お父さんですよ。お兄さんのお父さんが、お兄さんを守ってくれています。
ギリギリの勝負ですけどね。本当に良く頑張ってくれています。
お兄さんは、良い人に育ててもらったんですね」
キレイな夜景が、うっすらとぼやけて見えた。
夕飯にジョンがスパゲティを差し出した。
「食って下さい。これから先、体力勝負になりますから」
ジョンには申し訳ないが、今の俺に食欲はなかった。
半分ほど手をつけて限界だった。
それを見てジョンは溜息をつく。
訳も分からないままに騒動に巻き込まれ、こうしている。
納得がいかなかった。どうしてこんなことに俺は巻き込まれたのか。
自問自答してもジョンに聞いても、俺の心は納得しなかった。
窓の向こうに見える景色の中では、今も人々が移ろうように流れていく。
かつては俺もあの流れの中に居た。
あの日々に戻りたかった。
音の方向に眼をやると、俺の瞳孔は一気に開いた。
人の手が窓の向こう側に張り付いている。
ここは地上20階。ベランダも無い。人が立てるような場所ではなかった。
そんな場所に人の手がある。俺はジョンの名を叫んだ。
その瞬間、ジョンは俺の前に立ちふさがり、「窓から離れてください!!」と叫んだ。
ジョンは携帯を取ると、どこかに電話し始めた。
俺は窓の手から視線を外せずにいた。
「大丈夫です。俺が居ます。この部屋の中には入って来られません」
震える俺にジョンはそう言った。
その時、ゆっくりと手の主が這いずるように動き出す。
俺は手の主の顔を見た瞬間に、頭を打ち抜かれるような衝撃を食らい絶句した。
手の主は俺だった。
窓の向こう側に俺がいた。どう見ても俺だった。
俺の頭は完全に真っ白になった。
どうして俺が窓の向こう側に張り付いているんだ。
俺はここに居るのに、窓の向こう側にも俺は居る。俺の頭は完全に混乱した。
「社長、俺です!ジョンです!マズイことになりました!
ドッペルゲンガーです!お兄さんのドッペルゲンガーが出ました!俺の眼にも見えます!!
今は窓の外に居ます!!はい!!御願いします!」
ジョンの電話先は社長だった。何かを社長に御願いし、ジョンは携帯を切る。
「お兄さん、あいつに絶対に触れないで下さい!!
触れたら、俺でも社長でも、お兄さんの命を助けられない!!」
窓の向こう側のもう一人の俺は、激しく狂ったように窓を叩き始めた。
その衝撃音が連鎖するように、部屋中から鳴り響く。
「開けろぉおお!!開けろぉぉおおおお!!」
俺が窓の外でそう叫んでいた。
俺は縮こまりながら、心の中で『止めてくれ、もう止めてくれ!』と何度も叫んだ。
ジョンは「速くしてくれ、速くしてくれ」と呟く。
次の瞬間、ジョンの携帯が鳴り響く。
携帯の着信音に、窓の向こう側の俺は驚いた表情を浮かべると、溶けるように消えていった。
「なんだ!?あれはなんなんだ!?ジョン!?俺が居た!!俺が居たぞ!!!」
怒鳴る俺を無視して、ジョンは携帯で話をしている。
「はい、消えました。有難う御座います。はい…はい…分かりました」
俺はもう何がなんだか訳が分からなかった。
ジョンはソファに腰掛けると今起きた事態を説明しだした。
窓の外に居たお兄さんは、あの女、奈々子が作り出した、お兄さんの分身です。
あの分身に触れると、確実に死にます。
俗に言う、ドッペルゲンガーって奴です。
これは、女がお兄さんを本気で殺しに来た証拠です。
ドッペルゲンガーの殺傷能力は異常に高いんです。
多分あの女は、お兄さんをゆっくり苦しめてから殺すつもりだった。
その方が、お兄さんは強い悪霊として育ち、女にとって役に立つからです。
でも、俺たちが現れた。だから、早急に殺すことにしたんだと思います。
実を言うとお兄さんの中に、社長特製のファイアーウォールを仕込んどいたんです。
普通の悪霊なら、身動き一つ取れなくなるはずです。
それをあの女は軽々と突破し、お兄さんの分身を作り上げた。
更に悪い事に、俺はお兄さんの分身を見ようと思って、見た訳ではありません。あの女に強制的に見せられた。
つまり俺も、いつの間にか女に侵入されていたんです。
さっきのは、社長に御願いして払いました。今の俺にはあれを払う力はありません。
俺にとって何よりもショックなのは、
夢の中ではなく現実の中で、女があそこまでリアルなお兄さんの分身を作り上げ、
俺とお兄さんの中に、同時に具現化したことです。
俺はその前触れに全く気付かなかった。
女が俺の遥か上の存在だという事を、心底思い知らされました」
呼吸を乱しながら、ジョンは悔しそうな表情でそう言った。
俺の体は、未だに震えが止まらなかった。ジョンの話が、更に俺の恐怖心を煽る。
「じゃあ、どうするんだよ!?」
ジョンは俯いた。
「どうしよう…」
そう言うとジョンは、頭を抱えて塞ぎ込んだ。
地上20階に位置する豪華なホテルの一室。
キレイなインテリアが並ぶこの部屋に、似つかわしくない二人の男。
一人は恐怖で小刻みに震え、一人は頭を抱えて俯いている。
俺とジョンだ。
俺たちは、敵の強大さに打ちのめされていた。
俺の心は絶望感でいっぱいだった。逃げることだけを必死で考えていた。
「ジョン、サラ金でも闇金でも何でも良い…借金して200万揃える。
だから、社長に俺の除霊を頼んでくれ…」
ジョンはタバコに火を点けると頭を横に振った。
「無理です、お兄さん。社長は、一度言ったことを絶対に曲げません。
俺に除霊をやらすと言ったからには、例え俺が死んでも、お兄さんが死んでも、社長は手を出しません」
俺はテーブルに拳を叩きつけた。
「ふざけるな!!俺の命が懸かっているんだぞ!!!」
「お兄さん」
「お前だって、あの女には勝てないって言ったじゃないか!!!」
「お兄さん」
「200万で足りないなら300万だって用意する!!だから俺を助けてくれ!!!」
「お兄さんっ!!!!」
ジョンは声を荒げて立ち上がった。
「俺を…信じてください」
「お前を…信じる…?」
ジョンは真剣な眼差しで俺を見つめる。その鋭い眼光に俺は戸惑った。
「俺はお兄さんを守ります。お兄さんは俺が絶対に助けます。
だから、俺を信じてください。俺はお兄さんを守る為に命を懸けます。
例え、俺が死んでも…絶対にお兄さんは俺が助けます」
俺は困惑した。こいつ、何でそこまで言えるんだ?
「そこまでお前が、俺を守りたい理由はなんだ?お前だって危ないんだぞ?」
ジョンは黙り込むと深く溜息をついた。
「俺たちが除霊をする時、対象者の守護霊の力を借ります。
つまりお兄さんの親父さんです。
お兄さんの親父さんと沢山話をしました。
ジョンって名前…、お兄さんの家で、昔飼っていた犬と同じ名前なんですね。
親父さん、笑っていました。
俺は未熟だから、お兄さんの親父さんと話しているうちに、親父さんに感化されてしまったのかもしれません。
今では…お兄さんが、俺の本当の兄貴のように思えるんです…」
「お前…」
「親父さんのお兄さんを守りたいという気持ちは本物です。
親父さんは死ぬ寸前に、お兄さんや娘さん、それに奥さんのことを思っていました。
『すまない』。そういう気持ちでいっぱいだったんです。
だからこそ今でも親父さんは、お兄さんたちを必死で守っているんです。
俺はその気持ちに応えたい」
それを聞いた俺は足元から崩れ落ち、その場に跪いた。
ジョンが俺の肩を掴む。
「俺を…信じてください」
俺の肩を掴むジョンの手は、温かった。
深夜、俺は眠れずにいた。少しでも油断することが怖かった。
「ジョン、俺の親父は大丈夫なのか?あんな女と戦っているんだろ?」
ジョンはノートPCのキーボードを叩きながら答える。
「女はお兄さんだけでなく、お兄さんの家族にも侵入しようとしています。
だから、お兄さんの守護は俺に任せてもらって、親父さんにはそちらの守護に専念してもらっています」
俺は頭を抱えた。
「なんてこった…。あの女、俺の家族にまで…」
「大丈夫です。親父さんが守ってくれます」
俺はコップの水を飲んだ。
「なあ、ジョン。俺の守護霊が親父だってのは、なんとなく分かった。
でも、お前の守護霊は居ないのか?
ほら…、お前、身内が居ないって言っていたし…」
「居ますよ。俺の守護霊は社長です」
「はあ?お前、社長は生きているだろ?」
「守護霊も悪霊も、生きているか死んでいるかは関係ありません。
一言に霊と言うと、死んだ人を想像するかもしれませんが、違います。
さっきも言いましたが、
悪霊は自身の感情や意志に依存して存在し、守護霊は温かい記憶に依存して存在します。
俺の中で社長の温かい記憶がある。
だから俺の中で社長が形成され、俺の守護霊として存在しています。
これは俺だけじゃなく、普通の人も同じです」
俺はコップの中の水を見つめた。
こいつに出会ってから、不可思議なことばかりを聞かされる。
不意にチャイムの音が部屋に鳴り響く。俺は驚いてソファから滑り落ちた。
「こんな時間に誰だろう?」
ジョンが立ち上がり、玄関口に向かう。
「おい、大丈夫なのか!?あの女じゃないのか!?」
ジョンは微笑みながら、「大丈夫ですよ」と答えた。
玄関を開けると、そこには社長が居た。
社長は部屋の中に入るとソファに座り、タバコに火を点ける。
「調子はどうかしら?若年性浮浪者モドキ君…」
じゃ…若年性浮浪者モドキ君…。なんだか、この人に勝てる気が全くしない。
ジョンがグラスにワインを注ぎ、社長に差し出す。
「こんな深夜に、どういった御用件ですか、社長?」
「ああ、あんたがメールで送ってきた計画書ね…、読んだわ。筋は悪くないわね」
「有難う御座います」
「でも、決定的な勘違いをしているわ」
「勘違い?」
ジョンの表情が曇る。
「まあ、仕方ないわ。私もそれに気付いたのは、ついさっき。
お前が気付かないのも無理は無い」
「どういうことですか?社長?」
社長は灰皿にタバコの灰を落とす。
緊迫した雰囲気が部屋に充満していた。
社長はワインの入ったグラスに口をつける。
赤いワインの入ったグラスを、しなやかに扱う指の動きが印象的だった。
「先刻、この若年性浮浪者モドキ君の、ドッペルゲンガーが現れたわね」
「はい。俺も強制的に見せられました。俺も侵入されていたんです」
ジョンは悔しそうな表情を浮かべる。
「私はお前の現場実習開始当初に、安全装置として、若年性浮浪者モドキ君に予め防壁を仕込んどいた。
万が一を考慮してだ。
だが、それは突破され、あまつさえ奴はドッペルゲンガー作り出した。
私の見立てでは、あの薄汚い女にそんな力は無かったはず。
違和感を覚えないか、ジョン?」
「確かに俺も驚きました。まさか社長のファイアーウォールが破られるなんて…
でも、違和感と言うのはなんですか?何かあるんですか?」
社長は深くタバコを吸い込んだ。
「あの薄汚い女は、中心ではあるが本丸ではない。ということだ。
私ですらさっきまで気付かなかったほどに、本丸は深いところに居る。
恐らくそいつは、死人ではなく生き人の可能性が高い。
しかも、かなりの腕前の持ち主だ。こいつは予想以上に根の深い問題だな」
俺は黙って話を聞いていた。なんだか、話がとんでもない方向に向かっている。
「そっちの本丸の方は私に任せろ。
こいつは、若年性浮浪者モドキ君の依頼の範疇を越えている。
タダ働きでやるのは嫌だが、仕方あるまい。放置するにしては危険すぎる。
ただし、薄汚い女並びに3人の男は、ジョン、お前が責任をもって除霊しろ。
いいか?浄霊しようとしなくていい。除霊することに専念しろ。
分かったか、ジョン?」
社長はそう言うと、グラスの中のワインをしなやかな手つきで飲み干した。
社長が部屋から退室し、再び俺とジョンの二人きりになる。
去り際に社長がこんなことを言った。
「この件が終わったら、父親の墓参りに行けよ。寂しがっているぞ。
あと、寝ろ。眼の下のクマが酷いぞ」
そういえばここ最近、あまりにも色んなことが起きて、ろくに親父の墓参りにも行ってなかった。
この騒動から無事に生きて帰れたら、親父の墓参りに行こう。俺はそう思った。
眠ることが怖かったが、睡魔には勝てなかった。
俺はいつしか眠りに落ちていた。
「ここは?」
深夜のビルの屋上に冷たい風が吹く。
「ジョン!?おい、ジョン!?」
大声でジョンに問いかけるも、返事は返ってこなかった。
俺は辺りを見渡すと、視界の端に何か居ることに気付いた。
その瞬間、頭に殴られたような強い衝撃が走る。俺は力なく、その場に崩れ落ちた。
地面に倒れた俺を、見たことの無い巨躯の男が見下ろしていた。
「なんだ…お前…?」
男はしゃがみこむと、俺の髪を掴んだ。
「悪足掻きするなよ。どうして素直に死なない?」
男の後方にキチガイ女と医者、警察官、看護師の姿が見える。
俺の全身の血が沸騰した。
『私ですらさっきまで気付かなかったほどに、本丸は深いところに居る』
俺は社長の言葉を思い出していた。
こいつがそうだ。俺は直感的にそう思った。
「テメェかぁ!!!テメェが俺を!!」
男が俺の頭を地面に叩きつける。俺は頭に生温いものを感じた。
それでも俺は男を睨みつける。
許せなかった。どうしても俺をこの騒動に巻き込んだ、この男が許せなかった。
「テメェだけは…テメェだけは絶対に許さねぇ!」
男の表情が暗く曇る。
「お前が俺を許す、許さないじゃない。俺がお前を殺すか、殺さないかだ。
厄介なオカマも引き込んでくれたし、いい加減、俺も頭にきた。切れそうだよ。
お前の家族もくれなきゃ、妹も納得しないそうだ。
素直に死んどけば良かったのに、困ったことしてくれたな」
男は歯軋りしながら、そう言った。俺は男の胸倉を掴んだ。
「家族に手を出すことだけは絶対に許さねぇ!!」
男は俺の腕を払いのける。
「お前の父親も同じことを言っていたな。親子揃ってしぶといにも程がある。
もういい。俺も本気でお前が殺したい」
俺の後方から足音が聞こえる。
振り返るとそこには俺が居た。ドッペルゲンガーだ。
『お兄さん、あいつに絶対に触れないで下さい!!
触れたら俺でも社長でも、お兄さんの命を助けられない!!』
俺は全力で走った。