つきまとう女(6ページ目) 791 :顛末 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:22:43 ID:j0e1jDQW0 「落ち着けってのは無理な話かもしれないが、話は最後まで聞け。 792 :顛末 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:23:34 ID:j0e1jDQW0 俺は泣いた。あの女を思い、泣いていた。 男は椅子から立ち上がると、天を仰いだ。 811 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:55:36 ID:j0e1jDQW0 そう言うと男は、俺の目の前から消えた。 812 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:56:17 ID:j0e1jDQW0 トイレから出た俺は、家族の待つテーブルに帰ってきた。 俺は携帯を切ると家族に謝り、レストランを飛び出した。 813 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:56:58 ID:j0e1jDQW0 ジョンのくれた水を俺は一気に飲み干し、呼吸を整えた。 814 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:57:39 ID:j0e1jDQW0 815 :終始 ◆lWKWoo9iYU:2009/06/18(木) 01:58:20 ID:j0e1jDQW0 あの騒動で俺は強くなった気がする。
「俺は奈々子に協力し、親父と警察官、それと看護師を殺した。
俺はそれで奈々子が満足すると思っていた。
だがそれは違った。
俺は霊というものに対する知識を、中途半端に持っていたに過ぎない。
どんなに復讐を遂げても、奈々子はもう死んでいる。
俺の目の前に居る悪霊と化した奈々子は、奈々子であって奈々子じゃない。
ただの情念の塊だ。情念の塊が満足して消えることなんて絶対に無い。
俺は落胆したよ。
親父も含めて3人も殺したのに、ただ奈々子の形をした悪霊が増大しただけだった。
そんな時にお前が現れた。
ただの復讐の情念の塊だったはずの奈々子が、お前に魅かれた。
俺にとっては驚きだったよ。もしかしたら、と変な希望まで持っちまった。
だが、奈々子は死んでいる。普通の生き人とは一緒に居られない」
「それで俺を殺そうと思ったのか?ふざけるな」
「ああ、今思えば愚かもいい所だ。だが、俺にとっては希望だった。
お前と居れば、奈々子は奈々子として戻れるんじゃないか、とな」
男の話に俺は納得がいかなかった。
「ただ殺すだけなら、お前には何時でも俺を殺すことは出来たはずだ。
何故すぐにやらなかった?何故あんな回りくどいことをする?」
俺は男に問いただした。男の表情に変化はない。
「単純にすぐに殺しても、霊はこの世に留まらない。すぐに消えてしまう。
苦しめて、追い詰めて、不条理を与えることで、霊はこの世に強い情念を残し、長く留まる。
お前には未来永劫、奈々子と一緒に居て欲しかった」
男の言葉に、俺は全身が震えた。
「北海道から帰ったお前は交通事故を起こし、重症を負った。
あれも俺の仕業だ。
お前の会社の人事部長の脳に侵入して、解雇通知を書かせたのも俺だ。
左腕の骨折だけ治りが遅かっただろ?あれも俺だ。
その他諸々。お前には色々、仕掛けたな」
俺は震える拳を押さえた。
「殴っても良いんだぜ?そこで我慢するのは、元サラリーマンの悲しい性か?」
俺は男の左頬を全力で殴った。男は椅子から転げ落ち、地面に平伏した。
「まあ、一発くらいは殴らせないとな…」
男はそう言うと椅子を元の位置に戻し、再び腰掛けた。
俺は怒りで全身が熱くなっていた。
俺はお前に感謝しているんだ」
「感謝だと!?」
「最後にお前が奈々子と一緒に居たときの話だ。
あの時、俺はオカマの部下に押さえつけられ、床に平伏していた。
事の終わりを見届けろとオカマに言われ、俺はお前たちを見ていた。
あの時…、俺は眼前の光景に我が眼を疑った。俺は奇跡を見ていた。
ただの復讐の情念の塊だった奈々子は、そこには居なかった。
お前も見ただろ?あの奈々子が本当の奈々子だ。生前の頃の奈々子だったんだ。
アイツはただのか弱い女だった。あれが本当の奈々子の姿だったんだ。
俺は泣いた。奇跡を前に、俺は子供のように泣く事しか出来なかった。
最初は光に群がる虫のように、奈々子はお前に魅かれただけだった。
それが何時しか、本当にお前のことを好きになっちまっていたんだ」
俺は震える拳を降ろし、黙り込んだ。
「お前も薄々気付いていたんじゃないか?」
そう言う男の顔からは、深海のような冷たさが消えていた。
最後に見たあの女の顔を、俺は思い出していた。
気が付くと、俺の眼からは涙が流れていた。
「泣いてくれるのか?」
男はそう言うと静かに俯いた。
「お前は優しい男だな。あんな事をした奈々子のために泣いてくれるなんてよ。
お前は本当にしぶとい奴だった。俺はお前の勇気に驚かされ続けたよ。
そして、家族の愛情に恵まれた、優しい男だ。
今なら奈々子の気持ちが俺にも判る。俺たちは愛情に飢えていた。本当にお前が羨ましい。
奈々子は生前、誰かを好きになることなんて一度もなかった。
こんな形じゃなく、奈々子が生きている間にお前と出会えていたら…。
お前のように俺にも勇気があれば、こんなことにはならなかった」
あの女は敵だ。あの女が俺に何をしたのかは忘れない。
それでも、俺の眼から流れる涙は止まらなかった。
「俺も奈々子も、散々人を苦しめた。天国には行けねぇ。
奈々子も地獄に落ちたよ。アイツは生まれ変わっても、また辛い人生を送る。
でもよ…、もし、お前がアイツに再び出会ったなら…。その時は…」
男は踵を返し、背を向ける。
「…自分勝手にも程があるか…」
男は静かにうなだれる。
その背中には、悲しみが色濃く映し出されていた。
俺は事の顛末を知った。俺には泣くことしか出来なかった。
男とあの女の悲しい過去。俺の知らない家族の話。
全てが俺の胸に突き刺さり、涙を溢れさせていた。
俺はただただ悲しかった。
「じゃあな」
男はそう言うと、俺から離れていく。
「これから、お前はどうする気なんだ?」
俺の問いに男は足を止める。
「俺には初めから守護霊なんてものはいない。
自分の身は自分で守ってきた。
だが、俺はもう能力を封印する。
俺がお前を苦しめたように、今度は俺が苦しむ。
もう、お前とは会うこともねぇ。
俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ」
俺はレストランのトイレに戻ってきていた。
トイレの洗面所で泣き腫らした顔を洗った。
俺はあの男の言葉を思い出していた。
『俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ』
あの家族に救いは訪れないのだろうか。
一度人は道を外すと、元には戻れないのだろうか。
俺は世の無常を感じていた。
幸せな光景。あの家族は、この光景を一度も見たことは無いのだろうか。
俺の胸は切なさでいっぱいだった。
「ちょっとぉ、なにボーとしてるのよ」
姉の声に俺は我に返る。
「ああ、悪い。ちょっと考え事しててさ」
「さっきから、あんたの携帯、鳴りっ放しだったよ。
なんか、出ても悪いかなぁと思って放置してたけど」
俺は自分の携帯を見た。確かに5件も着信履歴が在る。
相手はジョンの携帯だった。
何の用だろうか。俺はリダイヤルした。
「もしもし。お兄さんですか?」
「ああ、なんだ、ジョン?何回も着信履歴が入っていたけど、急ぎの用事か?」
「いやぁ、俺がお兄さんに対して、急ぎの用事って訳じゃないんですけどね。
社長が今すぐ事務所に来いって」
「社長が!?」
社長を待たせること程怖いことは無い。
全力で走り抜け、俺は社長の待つ探偵事務所に辿り着いた。
「ご…御用件は…はぁ…はぁ…なんですか、社長…はぁ…はぁ」
社長はタバコを灰皿に押し付けた。
「はぁはぁ気持ちが悪い!先ず呼吸を整えろ馬鹿!」
俺の目の前に一杯の水が差し出された。
「お兄さん、飲んでください」
ジョンだった。
「ああ…、ありがとう。ジョン」
ジョンは優しく微笑んだ。
「良いか?とりあえず、この書類に眼を通せ」
社長の差し出した書類を俺は見た。
そこには『内定通知書』と書かれていた。
「これは…、なんですか、社長?」
俺は唐突な書類の内容に戸惑った。
「見て判らないか?お前を我が社に採用すると言っているのだ。
お前は未だに無職なのだろう?私がお前を雇ってやる」
社長の言葉に驚いた俺はジョンの顔を見る。
ジョンは笑顔でサムズアップをしていた。
「え!?いや、嬉しい!けど…。ど、どういうことですか、社長?突然で…」
「戸惑っているのか?」
社長は妖しく微笑む。
「実を言うとな。お前の敵だった、あの男に頼まれたのだ」
「あの男に!?」
俺は驚いた。あの男が社長に頼みごとを?
「私も驚いたよ。
我が社の口座にいきなり1000万円も振り込んで、お前を雇ってくれと頼み込んできた。
せめてもの罪滅ぼしとでも思ったのか。それともお前が気に入ったのか。
1000万円もあれば、どんなペーペーでも一流に育つ。
私は快諾したよ。その気持ちを受け取るかどうかは、お前次第だがな」
俺は迷うことなく、「御願いします」と言い頭を下げた。
「お前には霊能の才能が欠片しかないから、探偵として雇うことになる。
言っとくが、甘くは無いぞ。覚悟しておけよ?」
そう言うと社長は微笑んだ。ジョンも笑っていた。
俺は探偵として生きていくことを決めた。
俺の物語はここで終わる。
探偵として歩み始めた俺には、様々な出来事が起きる。
でも、それはクライアントの物語。
守秘義務の関係上、これ以上は書けない。
今でも時折、あの女のことを思い出す。
あの女は、今もどこかで苦しんでいるのだろうか?
もし、再びアイツと出会ったなら…俺はその時…
アイツを助けてやりたいと思う。