怪奇! 透明せんべいの謎!!【日常の謎シリーズ】
【日常の謎シリーズ】などと突然始めましたが、この記事は小説や映画を紹介するものではありません。
これは私が体験した実話、実際に体験した「日常の謎」を紹介していくシリーズです。
記念すべき第一回は「透明せんべいの謎」。
どんな謎なのか、よろしければ少しだけお付き合いください……。
事件発生
これは夏真っ盛り、連日の猛暑に皆が参っていた頃の話です。
うちの職場は建物の老朽化が進んでおり、それは設備にも及んでいます。
具体的にはそう、エアコンの効きが絶望的に悪いのです。
そのため夏季には、うだるような暑さが社内を包み込む地獄のような環境で業務を行っています。
そんな猛暑日のある日、うちわを片手に入力作業をダラダラしている私のもとに、受付のMさんがそっと近付いてきました。
「あのさ、Sちゃんなんだけど、毎日何か食べてない?」
Sちゃん、というのは、私の斜向いのデスクに座る若い事務の女性社員のことです。
私は首を傾げました。そりゃお昼はもちろん、ちょっとした間食になにか摘むこともあるだろうと。
「そうじゃなくて。毎日毎日頻繁に、仕事中何か食べてるってこと。いや食べるのはいいんだけどね、何というか、お煎餅みたいな硬いものをボリボリ音を立てて食べてるんだよね……」
Mさんが一度その事に気付いてからは、近くの席で作業したり、後ろを通ったりする度に「ボリボリ」という音が耳につくようになった、と言います。
「別に私もチョコとか食べるし、ダメってわけじゃないんだけどね。あそこまでボリボリやられるとね。ただ直接の上司ってわけでも無いしさ、わざわざ注意するのもあれだし……」
と、Mさん自身もどうしたいのか決めかねている様子。
確かに部署も異なるSさんの作業中にいきなり現れて「お煎餅(?)を食べるな」というのも色々角が立つし、自分も間食がしづらくなるのもわかります。
そこで、私かMさんがまず、Sさんが間食している現場を抑え、あまりひどい場合はその場で音についてやんわり注意しようということになりました。
Mさんの話ではかなり頻繁に食べているとのことなので、まあすぐに現場をおさえ、すんなり解決することだろうと思っていました。
このときは。
透明せんべいの謎
「ダメ、見つからない」
暑い社内でぐったりするMさん。
私も同じ気持ちでした。
私は基本的に集中すると周囲の音が聞こえなくなるタイプなので、Mさんに相談されるまで全く気付いていませんでした。
しかしMさんに言われ気にかけ始めてからは、一日に数回、斜向いのデスクから「ボリボリ」と音が聞こえてくるのを確かに耳にしました。
そこで早速現場を抑えてやろうとおもむろに席を立ってSさんの方へ回りますが、デスクの上や周囲に、お煎餅はおろかお菓子のたぐいの痕跡すら見当たりません。飲食物といえばお茶か何かを入れてきているマグボトルが隅にあるくらいで、それ以外はキーボード、マウス、手帳に文房具といったものしか見当たりません。
「それとな~くゴミ箱も覗いたんだけどね、お菓子の包みとか箱とかは一度も見当たらなかった」
うちの会社では各デスクの脇にマグネット式の小さなゴミ箱が備え付けてあり、ティッシュなどのちょっとしたゴミをそこに捨て、夕方に自分で大きな回収箱にゴミをあけるシステムになっています。
あれだけ食べてれば一つくらい包みが捨ててあっても良さそうなんだけど、とMさんは首をひねります。
私も頭を抱えました。
あれだけ頻繁にお煎餅(?)を食べている現場を、二人がかりでも抑えることができず、その証拠さえ見つからないのです。
そもそもSさんはほっそりとしていて、間食を繰り返すタイプには見えなかったのです。
そこで行き詰まった私たちは、一度情報を整理してみることにしました。
・Sさんは業務中「ボリボリ」と何かお煎餅のようなものを食べている
・しかしお煎餅のようなものを食べている現場は誰も見たことがない
・デスクの上は綺麗に整頓され、マグボトルがあるくらいでお菓子の食べ零しやゴミも無い
・Sさんは線が細く、日常的に間食をするタイプにも見えない
これらのヒントから、私は「正解」へと至ることができました。
……さあ、ここまでのヒントで貴方は真実へと至れたでしょうか?
解決編
上の情報整理をした後です。
そもそもこの暑い中、煎餅のような喉が渇くものを毎日食べるだろうか? むしろ食欲がなく、飲み物だけあれば……と考えたところでピンときました。
食べ零しや包み紙もなく、食べているところを目撃した人もいない。
ではそもそも、「お煎餅」なんて存在しないのではないでしょうか?
勘の良い方ならもう答えにたどり着いているかもしれませんね。
私が目を付けたのは彼女の「水筒」です。
彼女のデスクにある唯一の飲食物です。
季節は夏、しかも社内まで暑いとくれば、マグボトルの中身は当然冷えた飲み物でしょう。
そして飲み物を冷やすためには……
ミステリーなら探偵役が先に気付いて答え合わせは終章に持ち越される場面ですが、今回はこのまま答えを言っちゃいますね。
彼女が音を立てて食べていたのは「氷」だったのです。
「Sさんは氷を食べているのでは」
そう思い至った私はそのことをMさんに伝えました。
彼女が持ってきていたのは直接口をつけて飲める、広口タイプのマグボトルでした。
飲み物を飲むのと同時に、口内へ氷を入れるのも容易でしょう。
頷いたMさんは、それを念頭にSさんの様子を伺いに行ったようです。
そしてその日の夕方、社内のゴミを集めているときにMさんはボソッと言いました。
「間違いない」
こうして、「透明せんべいの謎」は解けたわけです。氷だけに。
しかし、それはそれで二人で頭を抱えたくなりました。
会社で音を立てて氷を食べるのを我慢できない、もしくは無意識で食べているので、もしかすると氷食症とかなのかもしれませんが、まあ医者や専門家じゃないのでそこは分かりません。
ですが、もしもSさんが無意識で氷を食べているとしたら、そしてその音を周囲に聞かれていると知ったら、Sさんは恥に思ったり、傷つくかもしれません。
「それとなくついつい氷を食べちゃう話を振る」「自分も対抗して氷を食べる」など色々案は出たものの、結局実行には移さず、じゃあどうしようかと対応を話し合っているうちに猛暑は過ぎ、氷を入れてキンキンに冷やす必要がなくなったのか「ボリボリ」という音も止みました。
問題は来年へと持ち越しとなりました。
席替えや配置転換がなければ、きっと来年の夏も「ボリボリ」という音が蝉の声に混じって聞こえることでしょう。
おわり。