実家にあった「客間」の記録
これは俺が数年前に、父方の実家を整理した時に体験した話だ。
俺の田舎は東北のかなり山奥にある。数年前に祖父が亡くなり、空き家になっていた本家を壊すことになった。親父は仕事が忙しいからと、暇をしていた大学生の俺が片付けの手伝いに行かされたんだ。
その家はとにかく広くて古い。明治か大正か分からないが、増改築を繰り返したせいで迷路みたいになっている。特に離れにある「客間」と呼ばれていた場所は、子供の頃から「絶対に入るな」と言われていた場所だった。
片付けも終盤に差し掛かった頃、俺はその「客間」の鍵を見つけてしまった。 好奇心に勝てず中に入ると、そこは六畳ほどの何もない和室だった。ただ、部屋の真ん中にポツンと、古いレコーダーと、何十本ものカセットテープが置かれていた。
テープには日付だけが書かれている。 気になって、一番古いと思われるテープを再生してみた。
1本目のテープ(1992年 8月14日)
『……あー、聞こえるか? 今日から記録を始める。 今日、この家に「客」が来た。 村のしきたり通り、この客間に案内した。 母さんは「粗相のないように」と泣いていたが、俺は正直、実感が湧かない。 客は一言も喋らない。ずっと隅の方で丸まっている。 顔は見えないが、ひどく痩せているようだ。 食事は三食、お膳を部屋の前に置く。 絶対に扉を開けて中を覗いてはいけない、と父さんにきつく言われた。』
声の主は、若かりし頃の俺の親父だった。 親父に兄弟はいないはずだ。当時、実家に誰か居候でもいたんだろうか。
5本目のテープ(1992年 8月20日)
『一週間が経った。 夜中に客間から「ガリガリ」と何かを削るような音が聞こえる。 掃除のために扉の隙間から中を伺ったが、暗くてよく見えない。 ただ、お膳は毎日完食されている。 特に、生肉や生魚を出すと、翌朝には皿が舐めとったように綺麗になっているんだ。 父さんは最近、めっきり老け込んだ。 「次は誰の番だ」と、うわ言のように繰り返している。』
12本目のテープ(1992年 9月2日)
『変なことが起きた。 今朝、庭で飼っていた犬のタロウがいなくなった。 鎖は千切れたのではなく、誰かが丁寧に外したみたいだ。 父さんにそのことを話すと、ひどく怒鳴られた。 「客人のことに口を出すな」と。 その日の夜、客間の方から「クチャクチャ」という、聞いたこともないような咀嚼音が聞こえてきた。 俺は怖くて、自分の部屋に鍵をかけて震えていた。』
読み進めるうちに、俺の背中には嫌な汗が流れていた。 「客」ってなんだ? 人間じゃないのか? 俺は夢中で、テープの束から「最後の日付」のものを選び出した。
最後のテープ(1993年 1月10日)
『ようやく、客が帰る日が来た。 父さんも母さんも、どこか晴れやかな顔をしている。 客間からはもう音がしない。 扉を開けると、そこにはもう誰もいなかった。 ただ、壁のいたるところに爪で引っ掻いたような跡と、床に大量の「髪の毛」が落ちていた。 父さんは言った。「これでこの家はあと三十年は安泰だ」と。 俺もホッとしたよ。 来月には、お見合いで知り合った女性と結婚することが決まった。 これから新しい家族を作るんだ。 この記録も、ここで終わりにしよう。』
テープはそこで終わっていた。 1993年の来月……つまり、俺の親父とお袋が結婚したのは、この直後ということになる。 「家を安泰にするための客」という不気味な風習。 俺は怖くなって、急いでその場を立ち去ろうとした。
その時だ。 客間の隅、レコーダーが置かれていた場所のすぐ近くに、小さなメモ書きが落ちているのに気づいた。
親父の筆跡で、こう書かれていた。
「次は、息子に繋ぐ番だ」
俺はそれを見て、心臓が止まるかと思った。 この気味の悪い儀式を、俺に継がせようとしているのか? 俺に「客」を迎え入れろと言うのか?
俺は逃げるように実家を飛び出し、自分のアパートに帰った。 それから数日間、親父からの電話には一切出なかった。
一週間ほど経って、ようやく落ち着きを取り戻した頃。 ふと、あのテープの内容を思い出して、ある矛盾に気づいてしまったんだ。
そして、その瞬間に理解してしまった。 「客」の正体と、俺の家族の本当の姿を。
俺は震える手で、スマホを確認した。 親父から、一通のメッセージが届いていた。
『片付け、ご苦労様。 客間のテープ、見ちゃったかな? お前ももう大人だ。そろそろ「真実」を知る権利がある。 お前の母親も、楽しみに待っているよ。』