リゾートバイト(2ページ目) B「なにがあったんだ?あそこになにかあったのか?」 答えられなかった。というか、耳にあの音たちが残っていて、思い出すのが怖かった。 するとAが慎重な面持ちで、こう聞いてきた。 質問の意味がわからず聞き返した。 するとAはとんでもないことを言い出した。 B「うん・・。しかもさ、それ・・」 AとBは揃って俺の胸元を見つめる。 なにかと思って自分の胸元を見ると、大量の汚物がくっついていた。 なにが起きているのかわからなかった。 それなのに、確かに俺の服には腐った残飯がこびりついていて、よく見れば手にも、 俺を心配して見に来たAとBは、 俺は恐怖に負けそうになりながらも、一人で抱え込むよりはいくらかましだと思い、 AとBは、何度も頷きながら真剣に話を聞いていた。 二人が見た俺の姿と、俺自身が体験した話が完全に食い違っていても、 不思議におもって目を凝らすと、なにやら細かいプラスチックの破片ようなものが 俺がマジマジと見ていると、 途端、 その動作につられてAと俺も体がビクってなる。 A「なんなんだよ?」 B「それ、よく見てみろよ」 A「なんだよ?言えよ恐いから!」 B「つ、爪じゃないか?」 瞬間、三人共完全に固まった。 俺はそのとき、ものすごい恐怖のそばで、何故か冷静にさっきまでの音を思い返していた。 どうしてそう思ったかわからない。 階段を上るときに鳴っていた「パキパキ」っていう音も、何かを踏みつけていた感触も、床に大量に散らばった爪のせいだったんじゃないか?って。 そしてその爪は、壁の向こうから必死に引っかいている何かのものなんじゃないか?って。 きっと、膝をついて残飯を食ったとき、恐怖のせいで階段を無茶に駆け下りたとき、 でも、そんなことはもうどうでもいい。 確かなことは、ここにはもういられないってことだった。 俺はAとBに言った。 A「わかってる」 B「俺もそう思ってた」 俺「明日、女将さんに言おう」 A「言っていくのか?」 俺「仕方ないよ。世話になったのは事実だし、謝らなきゃいけないことだ」 B「でも、今回のことで女将さん怪しさナンバーワンだよ? 俺「バカ。言うはずないだろ。普通にやめるんだよ。」 A「うん、そっちのほうがいいな」 そんなこんなで、俺たちはその晩のうちに荷物をまとめ、 誰一人、寝息を立てるやつはいなかったけど。 そうして明日を迎えることになるんだ。 次の日、誰もほとんど口をきかないまま朝を迎えた。 Bの体がビクンってなって、相当怯えているのが伺えた。 Bは根がすごく優しいヤツだから、前の晩俺に言ったんだ。 B「ごめんな。俺なんかよりお前のほうが全然怖い思いしたよな。 俺はそれだけで本当に嬉しくて目頭が熱くなった。 でもよくよく考えてみると、「俺なんかより怖い思い」ってなんだ? 普通に考えて、俺の体験談が恐ろしかったってことか? 少し考えて、俺も大概、恐怖に呑まれて相手の言葉に過敏になりすぎてると思った。 だがその後のBの怯えようは半端なかった。 俺達がたてる音一つ一つに反応したり、俺の足の傷を食い入るようにじっと見つめたり、 Aも普段と違うBを見て、多少びびりながらも心配したんだろう、 するとBは急に、 Aと俺は一瞬沈黙した。 俺「おい、どうしたんだよ?」 Aは急のできごとに驚いて声を出せずにいた。 B「大丈夫かだって?大丈夫なわけねーだろ? Aを睨み付けながらそう叫んだ。 何を言ってるんだろうと思った。 AとBは仲間内でも特に仲が良かったんだが、その関係もAがBをいじる感じで、 だからBがAに声を荒げる場面なんか見たことなかったし、もちろん当の本人Aもそんな経験なかったんだと思う。 俺は疑問に思ったことをBに問いかけた。 俺「死ぬ思いってなんだ?お前ずっと下にいたろ?」 B「いたよ。ずっと下から見てた」 そして少し黙ってから下を向いて言った。 B「今も見てる。」 俺「・・」 今も? 俺は訳がわからない。 そんな思いをよそに、Bは震える口調で、でもしっかりと喋りだした。 B「あの時、俺は下にいたけど、でもずっと見てたんだ」 俺「上っていく俺だよな?」 B「違うんだ・・いや、初めはそうだったんだけど。 俺「・・うん」 本当はこのとき、俺の心の中は聞きたくないという気持ちが大半を占めていた。 あのとき、俺の話を最後までちゃんと聞いてくれたAとB、あれで自分がどれだけ救われたかを考えると、 俺「何が、見えたんだ?」 B「・・・」 Bはまた少し黙りこみ、覚悟したように言った。 B「影・・だと思う」 俺「影?」 B「うん。初めはお前の影だと思ってたんだ。 B「それでそれ以外に動き回る影が・・」 B「3つ・・いや4つくらいあった。」 俺は、全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。 どうかこれがBの冗談であってくれと思った。 俺「あそこには、俺しかいなかった」 B「わかってる」 俺「そもそも、あのスペースに人が4,5人も入って動き回れるはずない」 あの階段は人が一人通れる位のスペースだったんだ。 B「あれは人じゃない。それ位わかるだろ」 俺「・・・」 B「それに、どう考えても人じゃ無理だ」 Bはポツリと言った。 俺「どういうことだ?」 B「全部、壁に張り付いてた」 俺「え?」 B「蜘蛛みたいに、全部壁の横とか上に張り付いてたんだ。 自分の見た光景を思い出したのか、Bの呼吸が荒くなる。 俺「落ち着け!深呼吸しろ。な?大丈夫だみんないる」 Bはしばらく興奮状態だったが、落ち着きを取り戻してまた話しだした。 B「あれは人じゃない。いや、元から人じゃないんだけど、形も人じゃない。 Bが何を言いたいのかなんとなくわかった俺は、 Bは黙って頷いた。 口から飛び出そうなくらいに心臓の鼓動が激しくなった。 とっさに、Bが見たのは影じゃないと思った。 それくらいバカの俺でもわかる。 ということは、俺は自分の周りで這い回る何かに気づかず、しかも腐った残飯を あの音は・・? 恐怖のあまり頭がクラクラした。 そんな俺の様子を知ってか知らずか、Bは傍に立っていたAに向き直り、 A「いや、大丈夫・・こっちこそごめんな」 その後なんとなく気まずい雰囲気だったが、俺は平静を保つのに必死だった。 そんな中Aが口を開いた。 A「お前さ、さっき今も見てるっていったけど」 BはAが言い終わらないうちに答えた。 B「ああ、ごめん。あれはちょっと、錯乱してたんだわ。ははっ そういったBの笑顔は、完全に作り笑いだった。 関係ないんだが、このとき何故かものすごい印象的だったのは、Bの目の下がピクピクいってたことだ。 話を戻すと、Aと俺はそれ以上聞かなかった。 ちょっと考えてみろ、ここまで話したBが敢えて何かを隠すんだぞ。 少しの沈黙のあと、広間のほうから美咲ちゃんが朝飯の時間だと俺達を呼んだ。 正直、食欲などあるはずもなく。 俺はのっそりと立ち上がり、二人に言った。 俺「なるべく早いほうがいいよな。朝飯食い終わったら言おう」 A「そうだな」 B「俺、飯いいや。Aさ、ノートPCもってきてたよな?ちょっと、貸してくれないか?」 A「いいけど、朝飯食えよ」 B「ちょっと調べたいことがあるんだ。あんまり時間もないし、悪いけど二人でいってきて」 俺「了解。美咲ちゃんに頼んでおにぎり作ってもらってきてやるよ」 B「うん、ありがと」 A「パソコンは俺のカバンの中に入ってる。勝手に使っていいよ。ネットも繋がるから。」 そう言って俺達はそのまま広間に行った。 後から考えると、辞めるその日の朝飯食うってどうなの? 広間に着くと、女将さんが俺らを見て、更には俺の足元をみて、満面の笑顔で聞いてきたんだ。 「おはよう、よく眠れた?」って。 そんな言葉、初日以来だったし、昨日のこともあったからすごい不気味だった。 びびった俺は直立不動になってしまったわけだが、Aが、 体がスっと動いた。 そしてBが体調不良のためまだ部屋で寝ていることを伝え、美咲ちゃんにおにぎりを作ってもらえるよう頼んだ。 「あ、いいですよ。それよりBくん、今日は寝てたほうがいいんじゃ」 美咲ちゃんは心配そうにそう言った。 Aと俺は、得に何も言わず席についた。 朝飯を食っている間、女将さんはずっとニコニコしながら俺を見てた。 凄まじく気分の悪くなった俺達は朝飯を早々に切り上げて、女将さん達に話をするため、部屋にBを呼びに行った。 部屋に戻る途中、Bの話し声が聞こえてきた。 俺達は電話中に声をかけるわけにもいかなかったので、部屋に入り座って電話が終わるのを待った。 B「はい、どうしても今日がいいんです。・・・・はい、ありがとうございます! どうやらBは、ここから帰ってすぐどこかへ行く予定を立てたらしい。 広間に戻ると美咲ちゃんが朝飯の片付けをしていた。 あそこに行ってるんじゃないか?って。 (一体あれは何のためなんだ?) けど、そんなこと考えるまでもないとすぐに思い直した。
A「おい、大丈夫か?」
A「お前、上で何食ってたんだ?」
A「お前さ、上についてすぐしゃがみこんだろ?俺とBで何してんだろって目を凝らしてたんだけど、
なにかを必死に食ってたぞ。というか、口に詰め込んでた。」
そこから、食物の腐ったような匂いがぷんぷんして、俺は一目散にトイレに駆け込み、胃袋の中身を全部吐き出した。
俺は上に行ってからの記憶はあるし、あの恐怖の体験も鮮明に覚えている。
ただの一度もしゃがみこんでいないし、ましてやあの腐った残飯を口に入れるはずがない。
ソレを掴んだ形跡があった。
気が狂いそうになった。
A「何があったのか話してくれないか?ちょっとお前尋常じゃない。」
と言った。
さっき自分が階段の突き当たりで体験したことをひとつひとつ話した。
最後までちゃんと聞いてくれたんだ。それだけで、安心感に包まれて泣きそうになった。
少しホッとしていると、足がヒリヒリすることに気づいた。
なんだ?と思って見てみると、細かい切り傷が足の裏や膝に大量にあった。
所々に付着していることに気づいた。
赤いものと、ちょっと黒みのかかった白いものがあった。
B「何それ?」
といってBはその破片を手にとって眺めた。
「ひっ」といってそれを床に投げ出した。
AB俺「・・・」
(ああ、あれ爪で引っかいてた音なんだ・・)
だけど、思い返してみれば繋がらないこともないんだ。
床に散らばる爪の破片のせいでケガをしたんだろう。
俺「このまま働けるはずがない」
もしあそこに行ったって言ったらどんな顔するのか俺見たくない」
男なのにむさくるしくて申し訳ないが、あまりの恐怖のため、
布団を2枚くっつけてそこに3人で無理やり寝た。
めざしのように寄り添って寝た。
沈黙の中、急に携帯のアラームが鳴った。
いつも俺達が起きる時間だった。
それなのに俺がこんなんでごめん。助けに行かなくて本当ごめん。」
実際に恐怖の体験をしたのは俺だし、AもBも下から眺めていただけだ。
もしかしてあれか?俺の階段を駆け下りる姿がマズかったか?
こんな時だからこそ、早く帰ってみんなで残りの夏休みを楽しくゆっくり過ごそうと、
そればかりを考えるようにした。
明らかに様子がおかしかった。
A「おい、大丈夫か?寝てないから頭おかしくなってんのか?」
と問いかけながらBの肩を掴んだ。
B「うるさいっ!!」
と叫び、Aの腕をすごい勢いで振り払ったんだ。
俺も○○(俺の名前)も死ぬような思いしてんだよ。
何にもわかってねーくせに心配したふりすんな!!」
Bの死ぬ思いってなんだ?俺の話を聞いて恐怖してたわけじゃないのか?
どんな悪ふざけにもBは怒らず調子を合わせていた。
Aはこれも見たことないくらいにオロオロしていた。
え、何を?
全然わからないんだが、よくある話で、Bの気が狂ったんだと思った。
何かに取り憑かれたんだと。
お前が階段を上りきったくらいから、見え出したんだ」
でもBは、もうこれ以上一人で抱えきれないという表情で、まるで前の日の自分を見ているようだったんだ。
俺には聞かなくちゃならない義務があるように思えた。
けど、お前がしゃがみこんで残飯を食っている間にも、ずっと影は動いてたんだ。
お前の影が小さくなるのはちゃんと見えたし、自分らの影も足元にあった。」
しかし、今目の前にいるBはとてもじゃないが冗談を言っているように見えなかった。
むしろ、冗談という言葉を口に出したとたんに殴りかかってくるんじゃないかってくらいに真剣だった。
それで、もぞもぞ動いてて、それで、それで・・・」
いや、人の形はしてるんだけど、違うんだ」
俺「人間の形をしたなにかが、壁に張り付いてたってことか?」
と聞いた。
影が横や上の天井を動き回るのは不自然だ。
仮にそれが影だったとしても、確実にそこに何かがいたから影ができたんだ。
モリモリと食べていたってことなのか?
あのガリガリと壁を引っかく音は、壁やドアの向こう側からじゃなくて、
俺のいる側のすぐそばで鳴っていたということか?
あの呼吸音も?
B「ごめん、さっきは取り乱して。悪かった」
と謝った。
Aもすかさず謝った。
無意味に深呼吸を繰り返した。
ごめん、今は大丈夫」
明らかに無理した笑顔で、目はどこか違うところを見ているようだった。
こんなん何人かに一人はよくあることだよな?
だけど無理して笑う人の目の下ピクピクは、結構くるものがあるぞ。
臆病者だと思われても仕方ない。だけど怖くて聞けなかったんだ。
絶対無理だろ。聞いたら、俺の心臓砕け散るだろ。
それこそ俺が発狂するわ。
3人で話している間に結構な時間が過ぎていたらしい。
だが不審に思われるのは嫌だったし、行くしかないと思った。
他人がやってたら絶対突っ込むくせして、俺らふっつーに食べたんだが。
A「はい。すみません遅れて。」
と返事をしながら俺のケツをパンと叩いた。
いつも人一倍びびってたAに助け舟を出してもらうとは思わなかったから、正直驚いた。
”もう辞めるから大丈夫”とは言えないからな。
箸が完全に止まってるんだ。「俺、ときどき飯」みたいな。
美咲ちゃんも旦那さんもその異様な光景に気づいたのか、チラチラ俺と女将さんを見てた。
Aは言うまでもなく、凝固。
どうやらどこかに電話をしているようだった。
はい、はい、必ず伺いますのでよろしくお願いします。」
そう言って電話を切った。
俺もAも別に詮索するつもりはなかったんで何も聞かず、すぐにBを連れて広間に向かった。
女将さんはいなかった。
俺はふと思った。
盆に飯のっけて、2階への階段に消えていったあの女将さんの後姿がフラッシュバックした。
きっとあの時持って行った飯は、あの残飯の上に積み重ねてあったんだろう。
そうして何日も何日も繰り返して、あの山ができたんだろうな。
俺の頭に疑問がよぎった。
俺は今日で辞めるんだ。ここともおさらばするんだ。すぐに忘れられる。
忘れなきゃいけない。心の中で自分に言い聞かせた。